玉井綾子歌集『発酵』

ビニールの中の塩麹 発酵を促してもむもまれる母性

「地図読めぬ女性」の一人であるわれの方向音痴は父親譲り

エレベーター降りて歩める方向は確かなり母と二人の旅は

四十三年間眠れるDNAわれにもつけよそれからの筋

わが爪と同じく丸い吾子の爪明らかに茂樹の孫たる証 

出社してはずすショールにいつの間につぶれて乾いたごはん数粒

重そうに何度も揺する抱っこひも子を持つ母が示しいる旗

泣きわめく声にかぶせる大声は金切り声と戦争を生む 

 

 

 発酵をうながして塩麹を揉むように、母性もまた揉まれることで発酵していく――そのように捉える知性。変化や成長と言わずに、発酵と言うところにも、この人の柔軟性と賢明さがうかがえる。                      久我田鶴子・跋より