田中徹尾歌集『芒種の地』

仲介の腕まだ錆びつかずあることを両者一歩も譲らざる場に

安全な立場にあればようやくに本音を語る空がおりくる 

腕時計して午睡するふたしかさ秋の気配が全身つつむ

心証はかぎりなくクロ 海の名の酒でも出して自白を待つか

遠つ人先ゆく雁は風をよみいのちをよみて翼ひろげる

帰省する若き部下ありいえづとに長もち持たせ背中をたたく

 

ゆくりなく有明海の舌ビラメくちぞこという幸をいただく

 

 

国家公務員である労働基準監督官として、個人の立場では発言できないシビアな場面、さらに公と私が交錯する微妙な空気を的確に表現、職場の歌に新しい領域を開いて、読者をスリリングな世界にさそってくれる。職場の歌、職業の短歌が激減している現在、果敢に職場をうたった歌集として注目される一冊である。            佐佐木幸綱

 

四六版上製カバー装 2500円・税別