奥田陽子歌集『流離のつばさ』

白き鳥逐いゆかんとぞ駆けゆきし子は夕焼けの空より還る

嬰児期の腕に睡りし蝶の痕(あと)伝説ひとつ信じ育ち來し
弦という名をもてる子よアルトにてその名呼ばるる五月の風に
腸(わた)を積み置く函いくつ傍らに透きつつ魚はその身干さるる
あかときの夢のまにまに来る鳥の嘴(はし)うつくしと醒めて思うも
 
目撃した人生の喜怒哀楽の流離譚を、その嘴で器用に語るのではなく、そのつばさで、羽ばたくこともなく、羽を閉じたまま、飛ぶことを控え、真実の「目撃譚」を織り上げていく。その様は、障子の向こうで仄明るい灯りに揺れながら人生を織り続けている夕鶴の行為にも似ている。

宮園功夫

 

四六版上製カバー装•2500円