吉田久美子歌集『月の浦』

仲秋の空を渡れる満月に話しかけたくて黙してゐたり

肩書きの無き真つ新な名刺もて月の浦区の住人となる

時刻版の落せる夏の濃き影にわたくし消してバスを待ちをり

唐突にありがたうねの美しきこゑの響き来夕さりつ方

ほぐしつつさすりつつわが掌は母の背中に甘えてゐたり

天山に積もりし雪を仰ぐごと腰低くして母を仰ぐも



吉田久美子さんの住む、福岡県大野城市の「月の浦」はまことに美しい地名である。その月の浦で家族を愛し、自然を賞でる吉田さんの歌は、謐かで、温かく、奥深い。彼女自身が地上をうららかに照らす月のように思われる。伊藤一彦

 

四六判上製カバー装 2500円•税別