大崎瀬都歌集『メロンパン』

メロンパンのなかはふはふは樫の木に凭れて遠き海を見ながら

生き物のまぶたはうすし目を閉ぢて春の光に充たされてゐつ

内側からてらされてゐるマネキンのからだに似合ふ浅葱の下着

棄てられぬものを入れおく缶は棺ふたするたびに別れを告げる

本当は生きてはゐない日々だから葡萄は喉をすべり落ちたり

 

若くして先師•前登志夫と出会う。その分厚いデーモンのような詩魂をどこかで受け継ぎながら、清新でナイーブで屈折した独自の世界を生きて、歌う。人生の陰影はいよよ濃くなっていくが、深いかなしみすら、作者のなかでは軽やかで透明なしらべへと昇華されていく、そんな不思議さ、自在さ。

 

四六判上製カバー装 2500円•税別

 

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    石橋 (金曜日, 18 4月 2014 13:17)

    「素人が読んでもその良さがわかる」と思えるものが、本当に素晴らしい文学作品と言えるのではないかと思っています。
    『メロンパン』は、文学の素人の私でも、「いいなぁこの歌」と思うものがいくつかありました。
    親のことを思った切実な歌もあれば、アニメの世界を表すちょ

  • #2

    石橋 (金曜日, 18 4月 2014 13:20)

    間違えて途中で投稿してしまいましたので、あらためて失礼します。

    切実な歌もあれば、アニメの世界観を表すちょっとユーモアのある歌もあり、
    クスッときてしまいました。

    次の歌集が出るのを楽しみにしています!


    石橋

  • #3

    白井健康 (日曜日, 20 4月 2014 22:56)

    メロンパンのあとがき書かれている「見慣れた風景のくすんだ膜を剥がし新鮮な光や翳を見たい」という作者の強い思いがこの歌集に凝集されているのだと思う。「本当に生きてはいない日々だから葡萄は喉をすべり落ちたり」いつだって自分は満たされない。そしてそのことを認識し、どうにもならない日々を繰り返してゆく。そして時々は自分の後ろにある風景を振り返るとき「本当に生きてはいない」と彼女が詠う日々がとても切ない。家族や友達と一緒にいてもどこかに空っぽの自分がいる。「海に向かへば」以降、彼女の生きてきた時間は葡萄がすべり落ちてきたような時間であったのだろう。

  • #4

    石川順一 (木曜日, 13 8月 2015 13:02)

    本当は生きてはゐない日々だから葡萄は喉をすべり落ちたり
    この一首に共感しました