松谷東一郎歌集『パブロフの犬』

コップ酒なみなみ盛りて張力に口を寄せゆく パブロフの犬

藤棚の下ゆくひとの顔はなく刺客のごとき春の月あり

帰るもの銀河のはての祠なれ父の机の抽斗のぞく

いらいらは数多あれども鮟鱇は世に逆らはず剥がされてゆく

フランスパン斜めにナイフ入れ窓に濡れ紙ほどの昼の月あり

トンネルの形のまんまに乾きたり雑巾まろき手すりに干して


叛骨は時として滑稽に映る。風刺とはやりきれない人間の嘆きだ。世の中のさまざまな矛盾や不条理に時として拳をあげながらも、今宵もまたコップ酒をあおる。こぼさぬように、この世の張力にすら口を寄せる、実験動物のようなかなしい本能。

 

A5判上製カバー装 2625円•税込