井野佐登歌集『朝の川』

朝の川渡りつつある五十歳代 思ひもみざりし院長として

笑ひ顔並ぶがごとく富有柿が箱に詰められ友より届く

よれよれの我のこころが見えている袈裟の鏡の顎の淋しさ

この今のこころに渡る風ありて廊下の床をやをら拭き始む

学生の時に書ひたる鳴子こけし愚痴聴き地蔵として卓に置く

こののちの夢の続きを叶へよと献腎献肝運ばれてゆく

 

早朝の川を渡る。

すがすがしい風、まばゆい陽の光。

おおらかに、そしていさぎよく五十代の人生の川を渡る。

歌という言葉としらべの川だ。

いしとして、歌人として、みずからの行く末を静かに問い続ける。

A5判上製カバー装 2800円•税込