小川佳世子『ゆきふる』

▪︎第34回ながらみ書房出版賞受賞!

 

ゆきふるという名前持つ男の子わたしの奥のお座敷にいる

なかぞらはいずこですかとぜひ聞いてくださいそこにわたしはいます

カザフスタン生まれの米国人夫妻庭を非常にゆっくり歩く

はらわたをいくど断ちてもまだなにか切れないものはそのままにして

お葉書の数行の字の「大きさ」の中に棲みたく思ってしまう

 

ゆきふる・・・・その名前を私が呼べば、

永遠にきよらかな生を私に歌えとこたえる。

ただ一つ確実なことは、

今なお私も歌の天空を飛翔し続けているという事実。

世界はあまりにもまぶしすぎるから。

 

 

現代女性歌人叢書④ 2500円・税別

 

東野典子歌集『春蘭咲きて』

冨岡悦子歌集『まぼろしに聴く』

黒豆をふっくらと煮て持ちゆかん天城を越せば父母ちちははの家

屋根にのりて助けを求むる校友も沈みてゆけり ああ濁流に

「えっちゃん」とだれもが呼んでくれる町 山百合の咲く盆に帰ろう

潮鳴りは春の鼓動かいつしらに心に満ちてくるものがある

弟のぶんまで生きると決めし日もおぼろとなりて冬牡丹咲く

冨岡さんの詠風は、あたかも弾むように明るい。純粋でひたむきな作品は、ふるさとである伊豆の煌めく光の中で、今後ともますますその輝きを増して行くことと私は確信している。            

林田恒浩・跋より

四六版上製カバー装 2500円・税別

 

高野しずえ歌集『花開く』

 

悲しみは短歌に詠みて打ち捨てよと言いたる人の今になつかし

金髪のジーパン姿の研修生名はマルガリータ女子大生なり

難産にて命落としし仔をさがす親牛の声は真夜に聞こゆる

両の手に落葉拾うやほろほろと秋逝く匂い胸に上りき

嬰児の髪にそよろと触れて行く微風は夢の仲間なるらし

 

影にさえつまずきそうになる我に駆け寄りくれる三歳の孫

 

本集の素材と内容は多彩であり、単なる酪農育牛でなく、如何に生くべきかを問いかけるルポルタージュ文学としての側面が強く、後世にリレーすべきものは何かを問いかけている。

                       内田紀満

  

 

A5版上製カバー装 2500円・税別

小笠ミエ子歌集『日月』

夫ゆきて日月(ひつき)経ぬれば淋しさに時効あるかのごとく人言ふ

すすき原を風わたるときいつせいに穂先たふして真白となれり

月満ちて生まれ来れりをみな児は膚うつくしき桜色して

松落葉しき降る道のふかぶかと()(うら)にやさし海へ通ひぬ

道に迷ふ夢をまた見ついつの日か徘徊なさむ我にあらずや

 

むらさきの濃き長茄子の三本を旅の鞄にをさめ帰り来

 

日が過ぎる。月が通り過ぎていく。すべては忘却のかなたへと。

おだやかな心には、おだやかな光景がおのずから宿る。

この世の中のすべてを受容し、ひたむきに歌と向き合う至高の時よ!

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

 

桂保子歌集『天空の地図』

遠花火を部屋の灯消して眺めゐる肩に凭れてしばらく泣きぬ

いづこかに天への梯子(はしご)を匿しおく納屋のあるらむ 星ひとつ飛ぶ

千五百(ちいほ)の秋の過ぎた気がする大窓を磨き椅子よりわが身下ろせば

触れたしと差しだす指に黒揚羽ふはり止まりて詩稿のごとし

天空にかきつばた咲く水苑のあらむ(ふた)(あゐ)色のゆふぞら

 

 

 

この世には素直に受け入れがたいものがある。

たとえばよき伴侶との永久(とわ)の別れ。

天空に風が舞い、夜は星々がまたたく、無辺の闇の彼方へ。

万感をこめて歌を詠み継ぐ、それは愛おしいものへの極上の供物!

 

現代女性歌人叢書③ 2500円・税別

 

 

 

久留原昌宏歌集『ナロー・ゲージー特殊狭軌』

高橋美香子歌集『ぶどうの杖』

金盃の月に寄り添うひとつ星光を放つ父の面影

マンションの自動ドアよりいっぱいの春光曳きて子の帰り来る

めくるめく光の中を散りゆかん新葉に譲る花いさぎよし

錦繍の衣着けたる魚たち五体全てで交わす言の葉

幾千の葉裏の輝き風に揺れふと秘めし思い人に告げたし

一本のぶどうの杖が支えたる父のからだは一枝でよし



この歌集には父を詠んだ歌が多く、どの歌にも娘としての愛情が溢れんばかりに出ている。注目されるのは、「被爆せし伯父」の一連である。人間を生き地獄に落とした現実を風化させてはならないという作者の願いによるものと言えよう。

佐田毅・序より


四六版上製カバー装 2500円・税別

道浦母都子歌集「無援の抒情」(新装版)

明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし

ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく

君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする


70年代、全共闘世代をひたむきに疾走し、純粋な生の輝きを高らかに詠った。時代を超えて今なお愛唱され、あらたな感動をもたらし続ける伝説の歌集がここに蘇る!

 

四六版上製カバー装 1852円・税別

岡本育与歌集「秋なのに秋なので」

眉月の風に飛ばされそうな空張り付くようにその位置保つ

全(まった)かるものの少なきこの世にて水面を照らす落暉の豊かさ

生きている喜び素直に歌いつつ如月の空に初雲雀鳴く

地の底に宇宙の音の生(あ)るるごと水琴窟の音は透明

星光を小さき花びらに受けながら夜を白々と秋明菊咲く

 

英語版も出してきた著者の第六歌集。不穏な時代にあって、危機意識が風化されていくことを怖れる。あらためて自然のもつ生命力に帰依することで、想像力を培う実像。

篠弘

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

碇博視歌集『ざぼん坂』

ざぼん坂に蝋梅が咲き約束をしたかのやうに粉雪の降る

立ち行きし人の席には空白の像(かたち)のありて長く目をやる

平飼ひの対馬地鶏が一斉に敵見るごとくわれを見るなり

焼かれたる『一握の砂』は灰の花頁の数だけ花びらを持つ

われを統ぶる銀の電池は八年の命を繋ぎ動き出したり

教会の床にガラスの色が落ち赤き衣の聖者を踏みぬ


歌ふことによつて対象との距離を測り、そして自分の心に受け入れてゆく。

短歌とい表現形式のもつとも大切な働きを碇さんはその歌作りの最初から手中にしてゐた。

馬場昭徳・解説より


四六版上製カバー装 2500円・税別

田中内子歌集『山桃と鳥』

すっきりと剪定したる山桃の無骨な枝ぶり惚れ惚れと見つ

たどりゆく空に続かん雪の道父の真白き骨片拾う

入院の間近き夫が汲み置きし山の清水の喉にやさしも

四角豆の花はむらさき花豆は赤く咲きたりそれぞれの夏

露はじく朝採りレタス両の手にすとんと重き浅緑を受く

群れて咲くラッパスイセン入学式を迎える児童のように明るし


人間と自然への関心が深く温厚な田中さんには、家族の歌と農に纏わる歌が多い。真摯に生き、歌うべきテーマを持ち、悲しいことに出会ってからもおおらかさを保って底力を発揮する。


中川佐和子・跋より


四六版上製カバー装 2500円・税別

佐藤恵子歌集『山麓の家』

氷雨降りいよよ冷え込む列島の四国最中のここに暮らすも

あかままの花の咲く道 遠き日のをさなきわたしが蹲る道

かうかうと今宵満月 母となる阿修羅の叫び 生まれむとする

名月に惚れてしまひしこほろぎか髭を担ぎてひと夜なきける

けぶり立つ山ふところに夢のごとさくら咲かせて山あひの村

 

平凡な日常を輝かせる歌がある。いのちの喜びを素直に祝福する歌がある。透徹した観察眼と、やわらかな批評力を裡にこもらせて。

 

あるがままの生を、四国の山懐に響かせる温かな歌のしらべ!

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

時田則雄歌集「みどりの卵」

今日もまだ生きてゐるらし長芋をかうして朝から掘り続けゐる

さうだよ昔 空にはなんでも棲んでゐた 魚の目玉のみどりの涙

野の馬の巨大の臀部輝きてゐるなり黒き太陽のごと

石をもて野地蔵の目を潰したる遠いあの日のあの青い空

百姓とはすなはち大らかに遊ぶ人雲を眺めてけむりになつて



響け!かなしい詩魂ゆえの、屈強にして繊細な北方の歌の磁場に。


北の広い大地に樹木のようにどっしりと根を張り、野男として在り続ける歌びとがいる。

トラクターで荒々しい土塊を耕し、石を砕く血と汗の労働も、どこか遠くの神話や伝承の世界へとすり替わっていく不思議さ、自在さ。


尾崎朗子歌集「タイガーリリー」

恫喝のやうに降る雨帰らねばならぬ一つ家まだわれにあり

ていねいに窓の結露を拭ひたれば硝子もわたしもすこし温もる

純情を暴走させることもなくタイガーリリーは胸に人恋ふ

アキアカネひとつ群れより零れ落ちわが中空に光(かげ)を曳きゆく

反論はしないけれども会議前トイレに眉根をよせる練習

 

尾崎朗子さんの作歌への情熱はすばらしいが、その炎の色は涼しい。さわやかな少女のような憧れと、社会的正義感とが同居しているところに持ち味がある、うたう対象に正面から向きあうまじめさが、明るく弾んだ抒情を生んでいるが、それが時にユーモアともなる。仕事をもつ女性らしいスピーディーな運びで結語をきめる正直さは天性のものだ。

馬場あき子

 

四六版上製カバー装 2400円・税別

『保坂耕人全歌集』

行く道の真向うにして甲斐駒の孤絶の白をわがものとする 

  『風塵抄』

誰が何と言はうと俺の一日は俺のものにて甲斐駒縹色   

『われの甲斐駒』

放念のかなたに浮かぶ雲ひとつ 甲斐に生まれて甲斐に死ぬべき 

岫』

 

甲斐に生れ育ち、昭和七年より「心の花」に入会し、佐佐木信綱・治綱・由幾に師事。九十五年の生涯の大半を短歌に賭けた保坂耕人。自然への洞察、厳しい自己への批評精神に徹した。


A5版上製カバー装 5000円・税別

川瀬千枝歌集『山上の海』

山上にとほく海ありまぶしみてゆかむとおもふけふのこころは

にはとりは大き掌にぬくもりて静かにいのち預けをりたり

夫のなき憂ひしづめて降り立てる飛騨一国は白銀を刷く

平坦な冬の地表に手を垂れていま渾身にひかり浴びゐる

つつがなく御座すわが師を囲みゐて時に野草にはなし及びぬ

 

川瀬さんは、後藤短歌を最もいいかたちで継承した一人であろう。やや遅い出発ではあったが、彼女のテーマである自然への畏敬、人間存在の悲しみが、年齢を重ねた視線を通してしずかに伝わる一巻である。

大原葉子・跋より

 

四六版上製カバー装 2400円・税込

上村典子歌集「天花」

文具屋の縦罫横罫あゐいろに秋のノートの無音は韻く

ひととわれ持たざる太郎まろまろと月の太郎は泛きあがりくる

乗り継ぎに走りくだりしおごほりの一番ホームもう用はなし

親切にあづきをのせてわかちゐし二歳は父と天花(てんげ)の庭に

雛の日の土曜ひながくあたたかしゆふかげと聴くジョアン・ジルベルト

 

光と影とのこまやかな明滅。それがこの世に在るもののすべてを照らし出す。たとえば、こらえきれない生の苦しみ、疼き、そして希い。

いま、歌という透明な灯を天の深みにともす!

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

池原初子歌集『七歳の夏』

民謡の安波の真はんたは山深き絶壁にして海を見下ろす

ちちははよ御祖先(みおや)も出でませ陽の下に遊ばむ今日の清明祭(シーミー)一日

教科書より集団自決の軍命を削除せよとふ歴史危ふし

舞台に座し糸車(ヤーマ)廻せばいにしへの女の生業(なりはひ)胸に迫り来

焼け出され着の身着のまま逃げ惑ひ捕虜となりしは七歳の夏

 

戦後七十年という大きな節目に、池原初子は歌集を上梓した。唯一地上戦となった沖縄で生れ育ち戦禍を潜り抜け、その歳月を振り返る。

玉城洋子・跋より

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

歌人回想録5の巻

近代短歌・現代短歌の足跡は与謝野晶子や斎藤茂吉に限らない。優れた、そしていぶし銀の光をはなつ多くの歌人により今日に至っていることを知るべきであろう。本書は「短歌往来」に好評連載されたものを、さらに加筆訂正したものである。


◎収録歌人◎

松本千代二・小川太郎・宮岡昇・田中佳宏・新井章・青井史・国見純生・伊東悦子・木村捨録中野嘉一・上野久雄・宮崎信義・越沢忠一・大塚金之助・醍醐志万子・小野興二郎・高嶋健一・吉野昌夫・辺見じゅん・石田比呂志・礒幾造・佐佐木由幾


四六版上製カバー装 3000円・税別

谷口基歌集『春愁の塊』

垂れ下がる反旗映せる水に沈み眠たさうなり肥えた鯉たち

日没の慎み容れて教室はだれのものでもない刻に入る

言ひかけて言はず去る児は不平ではなくて母恋ふ瞳をよこす

影あらばわれは生き行く一本の葦なる比喩を疎んじながら

手のひらにつつむ湯呑に湯が六分そのぬくもりの一生と思ふ

 

 

他界の眼。生も死も一枚の研ぎ澄まされた刃物で切り刻まれた断片にすぎない。現実も夢も、家族も生徒も、変化する風景ですら、自らの心象を吹きすぎてゆく風の輪郭。

さらば歌よ!反世界を揺るがす木魂となれ!

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

倉石理恵歌集『銀の魚』

夏の夜をふたりでおりぬ呼吸の間のしじまを銀の魚とびはねる

沢水は冷たかりしか白黒の母の笑顔とキャラバンシューズ

ちちのみの父ははそばの母若く基地の桜の下に逢いしを

雷神も見惚れいるらん鐙摺(あぶずり)の夏至の夕暮れ雨後のむらさき

夫は夫のわたしはわたしのデジカメで並び写せり渓底の水

 

この歌集の中心となるのは家族の歌である。生きてゆくこととそのことにまつわる根源的な孤独が、家族という存在のぬくもりを、より切実なものにしているのである。 谷岡亜紀・跋より

 

四六版上製カバー装丁 2500円・税別

太田昌子歌集『栴檀の花』

中学にこの春送りし児童(こ)等の分届けばしきりに会いたくなりぬ

山深き英彦の坊の跡にして居ながらに聞くうぐいすの声

梅園の野点ての席に風花を一片受くる熱き茶碗に

歳晩に金婚の鐘を相撞けり吾が町香春の平安いのり

栴檀の花散りやまず池の面を覆いつくして風にたゆとう

 

栴檀の大樹の下を通って毎日散歩する、春には美しい花をつけて母校の周りにある樹、著者にとってこの栴檀の樹は暮しの中の大切な点景です。

 

中原憲子・序より

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

町田勝男歌集『憧憬譜』

いただきをひとり占めして胸はだけ峠の山風身に沁みにけり
日苔のる栽松院のいしぶみにまかり撫づれば碑面ぬくとし
妻とあゆむ林のみちに金蘭をいくつかぞへる朝のよろこび
一服の狭山新茶のすがしさに鮪跳ねてゐいる大間の湯呑み

氏の歌を読むと、いにしえを想う歌があるが、何かもう、「うぶすなの土地」という感じがしてくる。
名もない里山や川を愛し、折をみては散策している。
別に目的があるわけではなく、思うがまま歩き、自然のなかに躰をゆだねている。やはり氏は、自然と遊ばなければ本質は出ない。 

福田龍生・解説より

四六版上製カバー装 2500円・税別

川本千栄歌集『樹雨降る』

ドーナッツ・竹輪・蓮根・フエラムネ 穴あいて天はいつも落雷

両の手を厚く重ねて本に置く 私の夏はかがやく欅

時雨ふいに降る時は降るその時は濡れればいいのだ木の間の雨に

サンタはママかと語気荒く聞く子のおりて未だわれには恩寵のごと

ものの隅見えざる深き闇にても抱かれる時は眼を閉じるなり


やわらかく、しなやかな言葉を刻む生の時間。あたかも木々の葉や枝から落ちる水滴のように。


日常の時空の隙間からわずかに洩れ聴こえてくる声をそっと掬い取るゆるぎない感性の横溢!


A5版上製カバー装 2700円・税別

米山高仁歌集『会津好日』

五十路越えほのかに慕ふは背高く象牙の肌の妻似のをとめ
ひむがしのオリオン座流星群厚くまなこを閉ぢて心眼に見む
世の中は諸行無常と語れども生れしからには死ぬまで生きむ
如月の夕日に雪野は紅く燃えひととき麗し滅びゆく美は
バスを待ち寒さこらへて茂吉読むけふ開戦日その日の歌を

磐梯、飯豊の名峰の伏流水が生み出す米と酒を日々味わう。
会津の医家として人々との語らいから歌を紡ぎ出し、麗しい夫人との旅を楽しむ。
これを「好日」と言わずして何と言うべきか。 雁部貞夫・帯文より

四六版上製カバー装 2600円・税別

大塚健歌集『経脈』

へばりつく藻のごときものふり払ひ得ざればかこの沼に棲み古る
過去の人未来の人もまじりて嬉しくなればこをかけたり
眼が開かないと思つてるうちに死んだと声すさうか死んだか
永遠にちぢまらなぬ微差微差ゆゑにむだに希望をいだかしめつつ
しあはせはなるのでなくて感ずるに過ぎぬと暖炉かこむ幾たり

ものを見る。相手を見る。自分を見る。
人生の深まりとともに内側が透けて見えてくる。
見えすぎるがゆえに苦しく、さびしい。そして何より楽しい。
人間心理の微妙さ、複雑さを温かく定型の器に盛る。
その絶妙な色と形。
さて、これからは何を盛り込もうか?

四六版上製カバー装 2400円・税別

久山倫代歌集『星芒体』

 患者より離れて医師ら昼餉せり一人一人の空ある窓辺

秋の糸一本混じる風が吹き炎暑の街に蜻蛉は浮かぶ

「大霜じゃ」「よう晴れとるわ」天候は母の声して日々われにあり

破線より破れぬように切り取りぬ父母存命の証の紙を

車椅子押し来る家族患者より家族のための治療も選ぶ



久山倫代さんはいま、人生で最も苦しいところにいる。皮膚科のドクターであると同時に、老父母の介護が加わるなか、短歌と向き合っている。若き日の情熱的かつ意志的な久山さんは朝日歌壇の花形のひとりだった。そこから歩み、越えてきたその人生の曲折に感慨が湧く歌である。仕事の上からも病む人や死と対きあう事は少なくない。それが歌う場面の一齣にも、日常感にもある抑止力的にがさとなっているのが共感される歌集である。


馬場あき子・帯文より 四六判上製カバー装 2500円・税込

澤田美智子歌集『姑ひまわり』

ストーブの上に丸餅膨らみてあっちもこっちもいざこざ多し

半月のほの赤き翳みゆる空私の暗き部分見えくる

秋陽受け涅槃ぼとけの肩の上手足のばして猫も寝ている

姑を容れて夫と私三人の歯車今日もゆっくり廻る

閘門の重き鉄扉は水を制し木曽と長良の舟を渡しぬ


人生経験豊かな百一歳のお姑さんを著者は「はは」と呼び世話をして人生の在りようを日常的に教わっている。姑の最も好きな花はひまわりだという。著者も又姑を太陽とするひまわりでもあろう。

日比野義弘 帯文より


四六版上製カバー装 2500円・税別

石井ユキ歌集『海と原野』

ひと跨ぎほどの流れに添ひながら常世の花か珊瑚草さく

野分たつウトナイ沼の白鳥が真実さむしと白き息吐く

手に囲う草蜉蝣の冷たさや夏の日暮れの秋のとば口

かなしみを声あげ泣きしことなくてわが少女期の離岸流あをし


右眼を瞑り左眼で現実をとらえている。

右眼は現実の彼方のまぼろし、左眼ははるかに広い世界がはっきり見える。実と虚を見事に表現している。

山名康郎


四六版上製カバー装 2500円・税

丸山律子歌集『シャウカステン』

砂利を踏む軍靴乱るる音のごとし葉月の朝の心の鼓動は

背を丸め草引く母の姿なる庭石ありて青き苔生す

今日からは姉さま女房なるを告げ写真の夫と酌む誕生日

山里を墨絵に鎮めふり続く雨の信濃は冷えまさりゆく

湖わたる風温もりて穏やかに芽吹き柳をなびかせて吹く

 

丸山さんの歌の特色は、観察眼の鋭どさと冷静さ、そしてその表現のきめ細かさや明晰さにある。

内藤明・跋より

 

四六版上製カバー装2500円・税抜

森田小夜子歌集『硝子の廻廊』

観覧車ゆるりと巡り思い出のかけらをひとつずつ汲みあげる

来年の桜をともに見ることを密かに願う密かに憂う

風つよき岬に立てば船出待つ帆船となる真白きドレス

丘の上に幸あるごとく丘のつく名の新しき町また生まる

新緑の樹々重なれる箱根山まなこ閉じてもみどりひろがる

てのひらに新しき家の鍵を載すひとりの船出の幽かな重み



抜群のユーモアのセンスで都会の寓話をうたいあげてきた作者が、夫の死と正面から向かいあうことによって、季節によって表情を変える自然の奥行き、人生の深い味わいをうたいはじめた。歌としての陰影を深めた第二歌集である。

佐佐木幸綱•帯文より


四六版上製カバー装 2500円•税込

菅野初枝 本保きよ歌集『立葵の咲く日々』

洩れ出でて地上を照らす灯し火の一つだになき夜空の深さ

告ぐる日もなくて消えゆくおもひかと白くのこれる月に淋しむ

霜よけにかけしむしろも陽反りゆく今年はじめて咲く花の上

菅野初枝

 

〈ラ・セーヌ〉の濃きコーヒーよ わが裡に風荒れしまま秋深みゆく

板切れに父は〈七人無事〉と書き立ち退き先も焼け炭で書く

うから四人奪う戦と知らざりき十二月八日 今朝の空澄む

本保きよ

 

姉妹の二人歌集である。長い長い歳月と歴史を温めて世に出ることになったことをまず喜び、お祝いしたい。

中沢玉恵

 

四六版上製カバー装 2500円•税込

吉本万登賀歌集『ひだまり』

修正液乾ききるまで待てなくてデコボコだらけのわれの人生

そを聞きに行く啄木と旅をする「次は終点。高知、高知です。」

二十二で二十七人子を持った気におそわれる二〇〇〇年春

「赤ちゃんに卵巣嚢腫が見られます。」告知とともに知った性別

マンマとはご飯なのかママなのか確かなものはわれを呼ぶこえ

アウトドア教えてくれし夫からの贈り物かも今夜の月は


高知育ちの吉本万登賀さんを若い時から知っている。何ごとにも積極的で、第一歌集『青春スクランブル』も学生時代に出版した。はきはきとして快活で行動力にあふれた土佐の女性を「はちきん」というが、見事な現代の「はちきん」だ。本人は「デコボコだらけの人生」と自分のことを歌っている。そりゃ人生ひたぶるに生きるだけ「デコボコ」は生まれる。その「デコボコ」を乗りこえる彼女の『ひだまり』の明るさは読む者の心を温かくしてくれる。

伊藤一彦


 

四六版上製カバー装 2700円・税別

花美月歌集『かはうその賦』

ありつたけの服を並べて初デートに華やぐ吾子に獺祭はある

大穴牟遅ノ神宿らせて振り上ぐるクラブヘッドに光集まる

かみかぜの伊勢と丹波を重に詰めおほつごもりの主婦を終へたり

星の字のつく病院ゆ夫戻る宇宙飛行士(アストロノート)のやうな顔して

清らかな初メール来る「うくひすなきましたそちらはとうですかはは」

はつなつのバンジージャンプ鷹の羽の家紋の血筋をもつてわが飛ぶ

 

「平凡」の中から「何を」歌うか、「どう」歌うか、についての彼女のたゆまぬ努力が非凡の作品を生み出している。

花見月という「かはうそ」が並べた味のある獲物あれこれを、読者が手にとって楽しんでくれることを、これまでの愛読者のひとりとして心から願う。

(伊藤一彦・跋より)

 

四六版上製カバー装 2500円・税別

光本恵子エッセイ集『人生の伴侶』

「自分のルーツを探して旅することも、自己確認のために詩歌を作ることもあろう。「短歌は自分探しの旅」でもある。本来、作品の創作はひとりでやるべきものであろう。結社のバックボーンに支えられ安心して孤立することなく、独立と自立の精神で短歌創作に気持ちを傾けている。

(本文中「孤独と孤立」より)



この細き一筋の道をたどるよりほかなしーー

やわらかで自在なこころと強靭なたましい


「口語自由律短歌」の道を生涯貫き通した先師•宮崎信義の志を継ぐ著者の、信州諏訪の地から発信され続ける清新なエッセイ集!


四六版並製カバー装 2500円•税別

釣美根子歌集『はぐれ鳩』

雨の日は耳から朝がやってきてびしょぬれバイクのせつなさを告ぐ

トンボにはトンボの航路 秋日和 ひと待つわれは雑踏の底

抜きんでて高くひとすじ豆粒の機影の尻が白雲をひく

山よりも海に惹かれる二人なり樹よりも水の不確かにして

老いし人のふぐりのような干し柿や かくなるものを見せず舅(ちち)逝く


身めぐりのさまざまな物象をそっと掬い取り、定型の器へと盛る。ほのかな艶をはらみ、ユニークにしてどこか謎めいた世界の空。その空は明るく、そして限りなくさびしい。

 

この世からはぐれていくものへ、

慈愛に満ちた歌のしらべ

 

四六版上製カバー装丁 2400円•税別

鈴木みさ子歌集『花韮の白』

この世の外の世界あるらし満月の冴えわたる辺に我は住みたし

混凝土(コンクリート)の塀の隙より伸び来たりわが庭に割く花韮の白

月光の隙なく及ぶ冬木立過去世の誰ぞ近付き来るは

無造作にスーパーのカートに入れられてカサブランカの激しく揺るる

雲一つ無き朝空に黒く立つ林より蝉の声漏れはじむ


遠き物、遥かな視界へ関心の深い作者。満月を仰ぎながら亡き主人を思い浮かべた。西行なら枯れすすきの近くで月を愛でたに相違ないが、作者は場を選ばない。 

晋樹隆彦•跋より

四六版上製カバー装 2500円•税別

市川正子歌集『石礫』

詠みがたきものあるゆえに歌を詠むささら揺れくる麦の穂波は

原子炉を汚染水にて冷やす構図映像なればたやすく流る

母の背に応召の父を見送りし遥かなる日の辻明の辻

村を去る者を見送り立ちつくす火の見櫓は父の後姿(うしろで)

空海の『風信帖』の「風」の字を指になぞりて遠く旅する

灯の下に見ゆるものだけ見る今宵わが翳ひとつそこに在るなり

 

『辻明』から立ち上がってくる作者像は、たくましい行動力と経験の智慧をあわせ持った朗らかで知的な女性の姿である。

七十代を迎えた今も悩める若者の電話相談に心を傾け、反動化する時代に怒り、畑仕事に勤しみ、時おり襲う死と孤独の影を見つめ、気まぐれな伴侶のような猫を愛し、ふと海外の旅に出る。そういう日々が微妙な心の陰影とともに自在に歌われた一巻である。

島田修三

 

A五版上製カバー装 2600円•税別

岡部隆志著『短歌の可能性』

現代短歌とは何か?

真正面から現代短歌の胸元に突きつける鋭い匕首。

現代から古代までの文学と民俗学的視座を背景に、歌のこころを問う、歌の力を確かめる、歌の荒野を疾走する!

 

定型の魅力!!

 

<目次>

 一 歌の力

二 短歌のなかの古代

三 言の葉を生きる

四 定型論

五 子規と古代

六 短歌という課題

七 現代短歌の行方

伊藤純歌集『びいどろ空間』

まくらがの古河(こが)の庵の栃の木の幹は太かり葉は茂りおり

ひぐらしを耳の奥処に棲まわせてたましいふかくふかく青みゆく

曲名は記憶の果てに漠としてあの日おまえが弾きたるショパン

万物は日暮れてやさし振り向きてただ吹く風を確かめてみる

見はるかす駿河平に金色のきよらを放ち日のくたちゆく

空は空の悲しみを持ち光つつかげりつつ青し今日の明るさ

 

 

「群帆」代表を引退された師後藤直二を、幾度か訪問するが、「まくらがの」と枕詞を使う格調高い韻律は、師への限りないオマージュになっていよう。
大原葉子•跋より

 

四六版上製カバー装•2500円税別