櫛田如堂歌集『ざうのあたま』

原発より同心円で括られし故郷かなしも阿武隈山系

朝霧のコロラド川に太極を舞へば彼方に魚跳ねる音

受話器越しの高揚したる妻の声抗癌剤を受けし月の夜

香りとは最も深き記憶とふ みかん剥きつつ亡き妻思ふ

眸の光追ひて離れぬ虫のあり我が湖の深みを知らず

 

放射線の科学を専門とする著者の視野には何がどのように映りどう捉えられているのだろう。如堂とは禅の師家から贈られた名である。これらの対極にあるような世界観を併せて今日の現実と対面する魅力がここにはある。にもかかわらず、いや、それゆえにこそ圧巻は第三章にある。著者は御母堂と愛妻を同時期になくされ、人生の淵に沈淪する。「ざうのあたま」の真実が酷薄な悲しみを誘う。ここを過ぎて歌はいよいよ深くなるであろう。

馬場あき子

 

四六版上製カバー装 2300円・税別